№60 所得税:生計を一にする親族への対価
2013.10.28 所得税:生計を一にする親族への対価
居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入しないものとされています(所得税法56条)。そこで、今回は、専門家である妻への報酬の支払いをめぐる二つの判例(税理士妻事件、弁護士妻事件)から、所得税法56条に定める「事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払いを受ける場合」の意義について検討したいと思います。
Ⅰ.<弁護士夫、税理士妻事件>
1.事実の概要
弁護士X(原告、被控訴人、上告人)は、税理士である妻Aと顧問税理士契約を締結して支払った税理士報酬等を、Xの事業所得の必要経費として所得税の申告をした。これに対し、Y税務署長は、当該税理士報酬は法56条に規定する「生計を一にする配偶者」に対して支払ったものに該当するから、必要経費として認められないとする更正処分等をした。XはYの更正決定は違法であるとして、国Y1及び東京都Y2(被告、控訴人、被上告人)に対し、Xが負担させられた金額について誤納金として返還するよう請求した。
2.第一審判旨(東京地裁、平15.7.16判決、判例時報1891号44頁)
「法56条の『従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合』とは、親族が、事業自体に何らかの形で従たる立場で参加するか、又は事業者に雇用され、従業員としてあくまでも従属的な立場で労務又は役務の提供を行なう場合や、これらに準ずるような場合を指し、親族が、独立の事業者として、その事業の一環として納税者たる事業者との取引に基づき役務を提供して対価の支払を受ける場合については、同条の上記要件に該当しないものというべきである」としてXの請求を一部認容した。Y1及びY2は控訴した。
3.控訴審判旨(東京高裁、平16.6.9判決、判例時報1891号18頁)
「法56条の『従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合』とは、(中略)事業の形態がいかなるものか、事業から対価の支払いを受ける親族が従属的に従事しているか否か、対価の支払いはどのような事由によりされたか、対価の額が妥当なものであるか否かなどといった個別の事情によって、同条の適用が左右されるものとは解されない」として第一審判決のうちXの請求を認容した部分を取り消し、Xの請求を全部棄却した。Xは上告した。
4.上告審判旨(最高裁第三小法廷、平17.7.5判決、税務訴訟資料255号順号10070)
「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族が居住者とは別に事業を営む場合であっても、そのことを理由に所得税法56条の適用を否定することはできず、同条の要件を満たす限りその適用があるというべきである」として東京高裁の判断を是認し、Xの上告を棄却した。
Ⅱ.<弁護士夫婦事件>
1.事実の概要
いずれも弁護士であるX(原告、控訴人、上告人)とその配偶者Aは、同居し生計を同じくしているが、別々に業務を行い、経理処理も別にしている。Xは、Xが営む弁護士業にAが従事した労務の対価として支払った報酬を、必要経費に算入して事業所得の申告をした。Y税務署長(被告、被控訴人、被上告人)はXとAとの間の報酬支払いについては法56条が適用され、当該報酬はXの事業所得の計算上必要経費に算入されないとして更正した。Xはその課税処分の取り消しを求めて訴訟を提起した。第一審(東京地裁平15.6.27判決)及び控訴審(東京高裁平15.10.15判決)はいずれもXの請求を棄却した。Xは上告した。
2.上告審判旨(最高裁第三小法廷、H16.11.2判決、判例時報1883号43頁)
「法56条の趣旨及びその文言に照らせば、居住者と生計を一にする配偶者その他の親族が居住者と別に事業を営む場合であっても、そのことを理由に同条の適用を否定することはできず、同条の要件を満たす限りその適用があるというべきである」とし、「法56条の…立法目的は正当であり、同条が上記のとおり要件を定めているのは、適用の対象を明確にし、簡便な税務処理を可能にするため(である)。」と判示した。
Ⅲ.<解説>
1.弁護士夫税理士妻事件と弁護士夫婦事件の相違点
いずれの判例でも、最高裁は、「生計を一にする」という要件を満たす限り、親族に対する対価の支払は、一律に必要経費として認められないとした点で共通しています。
しかし、弁護士夫婦事件では妻に、毎年595万円という一定額の報酬(妻の事業収入の1/4相当)が支払われていたのに対し、税理士妻事件では、夫である弁護士が税務申告及び記帳業務等の具体的な税理士業務を妻に依頼し、それぞれの年の業務内容に応じた金額の報酬(平成7年分として約72万円、平成8年分として約113万円、平成9年分として約106万円)を支払っていました。
したがって、報酬の支払基準がある税理士妻事件は、報酬が一定額である弁護士夫婦事件に比べて、租税回避的な行為であるとは言い難い状況にあったと思えます。
2.従属的な関係の検討
法56条を「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族」の部分と「事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払いを受ける場合」の部分の二つに分解すれば、「生計を一にする親族等」という要件を満たせば、文理解釈上、事業への従属性や独立性に関係なく法56条の適用を受けるのは当然であると考えます。
3.必要経費性の検討
法56条の規定は、本来事業主に帰属すべき所得を「生計を一にする親族」に分割することによって、累進税率による税負担の軽減を図ることを防止することを目的とする制度と考えられています(金子宏『租税法[第17版]』弘文堂、平成24年、261頁)。したがって、法56条の定めは個人単位主義の修正として世帯課税的な意義があるわけです。
一方、弁護士夫婦事件で最高裁は、「法57条の規定は、法56条(の定め)を前提に、個人で事業を営む者と法人組織で事業を営む者との間で税負担が不均衡とならないようにすることなどを考慮して設けられた規定である(判時1833号45頁)」と判示しています。
そうであるなら、上記判例の弁護士妻、税理士妻に対する報酬は法57条の青色事業専従者給与ではないので否認するという考え方ではなく、青色事業専従者給与以外の支払いの対価であっても、居住者の事業とその親族の事業が明確に区分にされ、相互の独立性が高い場合において「対価として相当であると認められるもの」は、青色専従者給与と同様に必要経費となるように法57条を改正すべきであると考えます。
(完)